此処は天神奥座敷西中洲山ぼうし。筆者が通いはじめて10数年。健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、愛し、敬い、真心を尽くされること、この上なしと呼べるお店が山ぼうしである。山ぼうしのWEBサイトをつくるにあたり、コンテンツをどう生み出していくのか?悩みに悩んでいるものの、書けるものから書いてゆきたい。
今回伝えたいことは
「江戸前とは何?」
と大将に伺ったところから始まる。
「うーん。東京湾の魚を使うというところが原点だと思うが、これほど全国に普及していると、そのくくりだけでは難しいかもしれない。」
東京のお店で修行していることなのかなって思っていると。
「それは東京湾と同じで、そのくくりだけでは難しいし、東京になくても江戸前の名店というのは全国各地にあるんじゃないかな?と考えたら、修行の場が東京だからというのは、まあいいんじゃないかな?気にしなくて。」
「それよりもおそらく、突き詰めたら、魚を拵えるということだと思う。」
感嘆というほど、理解が追いついていなかったかもしれない。ただ納得はした。江戸前の仕事とは、下ごしらえ。なんかその文字列は見たような気がする。でも改めて、「魚を拵える。」という言葉を耳にすると、鮨屋の仕事というものに、奥行きの広さを突きつけられた気がした。
拵えるとは?
まず拵という漢字は、中国から伝わった漢字に日本独自の意味や読みを当てた国訓の漢字。手を加えて整える。組み立ててつくる。という意味に日本で変化し、拵えという言葉は、日本刀の鞘に柄に鍔などの外装や装飾品の総称を指す。その拵えには、刀身を守る機能美と彩る装飾美を兼ね備えた究極の外装品が求められたそうだ。
そんな拵える。江戸時代冷蔵保存技術に物流なんてものが存在しない時代。魚をそのまま出すのではなく、職人が手を加える仕事が必要だった。それが魚を拵える。安心安全面の配慮と握りの見た目。その2点に機能性と装飾美が求められたということだ。奇しくも。なんとも奥深い。
魚を拵えるその仕事とは?
漬ける、締める、煮る、煮詰める、茹でる。などなど。柵をきってシャリと合わせて握る。だけではない当然のことながら。その前作業、下拵え。そこの仕事ぶりが、鮨屋の屋台骨であり、そこにこだわりを持つということが、やはり、魚を拵えるということに誇りを持つことなんだろう。
山ぼうしの拵えるは、カウンターに座れば、そのこだわりを大将自らが語ってくれる。それも肴に今宵も日本酒が進むのである。